
皆さん、如何お過ごしでしょうか。
タイはもうすぐ雨季、日本は夏日が続いており、目が離せません。
そんな僕ですが、そもそも若かりし頃はバックパッカーで、どこの国へ行ってもフライドライス焼き飯とバナナパンケーキを頼んでいた訳ですが、齢80を越えた頃には古き良き日本を探して日本国内旅行に目覚めました。
それはある年のクリスマスでした。一人物悲しくク北九州でクリスマスを過ごそうとしていた時の事です。
讃美歌の音色に惹かれて

元来、音楽を奏でるのが好きなのですが、幼少期に始めたピアノ、中学の不良仲間と始めたエレキ、インドの太鼓タブラにも手をつけました。
特にインドのタブラは衝撃的で、先生はゴダイゴのガンダーラでタブラを奏でてた事もある方だったのですが、中毒的なのか、あれから50年経った今でも未だにドライブをする際は、車のハンドルをタブラに見立てて叩き続け、歴代彼女にキレられ続けてきました。
ただ最終的に行き着いたのはヴォーカルミュージック。自分の感覚と直結して表現できるヴォーカルが自分には向いていると気付いたのが、齢70の時。
コートの前を掻き合わせ、雪が降り積もる博多の街を歩いていると、素晴らしい讃美歌が聞こえてきましたのです。
魂の叫び。
キリスト教徒でもないのにゴスペルを歌う日本人、というドキュメンタリーもありましたが、それは宗教を越えた魂の叫びに触れているから、触れたいからだと思います。
博多で迎えたキリストの誕生日

坂本龍一さんを亡くして、改めて彼の功績を振り返り思い耽ると、何か心の中にポッかりと穴が開いてしまったような気分になります。
戦場のメリークリスマスだけでなく、YMO時代の名曲の数々、果てはタイ人アーティストを起用した作品があったと知り、衝撃を受けました。
そんな思いで博多の街を歩いていると、地元の人たちがキリストの誕生日を祝っている声が聞こえてきました。いや、僕の脳裏の中に響いていただけなのかもしれませんが…